京都府立医科大学 眼科学教室

眼形成

眼形成グループは、眼瞼、眼窩、涙道疾患に対し、手術治療を中心に日々の診療にあたっていますが、疾患の病態解明や新しい検査法、手術法についても日々探求しています。

 

眼形成領域で症例数の多い疾患や高度な技術を要する疾患を重視し、研究の対象としています。これまで行ってきた、あるいは現在進行中の研究内容としては、眼瞼下垂の病態解明、瞬目高速解析装置を用いた瞬目と眼瞼疾患・中枢神経疾患との関連の解明、眼瞼腫瘍特に脂腺癌に対する外科的治療と遺伝子研究、眼窩骨折における眼球運動の客観的評価、耳介軟骨移植を用いた下眼瞼の機能的再建法の研究、涙道疾患に対するメニスコメトリーを用いた新しい検査法および定量的評価法の開発、涙道閉塞におけるリスクファクターの疫学的研究などがあります。以下に我々の研究内容の一部をご紹介します。

ハードコンタクトレンズ(HCL)の長期装用に伴う眼瞼下垂の病態解明

HCL下垂は近年増加しており、これまで、ハードコンタクトレンズによる眼瞼下垂の原因として、コンタクトレンズを外す際に上眼瞼を強く引っ張ることで眼瞼挙筋腱膜が引き伸ばされるからであるとされてきましたが、我々は挙筋短縮術の際に得られる挙筋腱膜およびミュラー筋を病理組織学的に検討し、加齢による眼瞼下垂では挙筋腱膜とミュラー筋に脂肪変性を多く認めたのに対し、HCL下垂では脂肪変性はほとんどなく、ミュラー筋に著明な線維化を認めました。年齢をほぼ同程度にした比較においても、明らかにHCL下垂の組織はミュラー筋に線維が多く、このことから、HCLの長期装用に伴い、結膜側からのコンタクトレンズの刺激(特に強度近視の場合には厚いエッジによる刺激)が、挙筋腱膜を伸展させることによる腱膜性変化を引き起こすことと同時に、徐々にミュラー筋の線維化を進行させ、ミュラー筋そのものの収縮力の低下、ミュラー筋と結膜、ミュラー筋と挙筋腱膜間の癒着による挙筋の収縮力の伝達低下を招くことが、眼瞼下垂の一因である可能性を示しました。また、コンタクトレンズ下垂の重症度と屈折度数は相関することを明らかにしましたが、これは上眼瞼を引っ張ることでHCLが生じる理論では説明のできない事実であり、HCL長期装用に伴う挙筋腱膜とミュラー筋の組織学的な変化がHCL下垂の主たる原因であることを証明しました。


63歳加齢性眼瞼下垂のミュラー筋組織 脂肪変性が多い


64歳HCL眼瞼下垂症例のミュラー筋組織。線維化を認める

 

麻痺性外反症に対する新しい耳介軟骨移植術の開発

麻痺性眼瞼外反症は麻痺により張力を失った下眼瞼が外反してしまう事に起因します。これまで、自家材料を含めいくつかの材料や術式が試みられてきましたが、下方視における眼瞼固定や視野障害が問題となりました。聖隷浜松病院眼形成眼窩外科の嘉鳥信忠先生のアイデアに基づき、耳介軟骨移植を用いた下眼瞼外反症手術に、Lower Eyelid Retractorsと瞼板を連動させるという改良を加える事によって、下方視でも下眼瞼固定がなく視界が妨げられない、整容面でも機能面でも良い結果が得られた事を報告しました。

 

瞬目解析装置による各種病態へのアプローチ

瞬目には随意瞬目と不随意瞬目があります。自発性瞬目は不随意瞬目であり、まだまだ未解明のことが多い自発性瞬目の解析は、眼瞼機能や中枢神経機能の解明にも通じる可能性があります。計測に用いた瞬目解析装置は非侵襲かつ高精度な計測が可能な装置で,毎秒1,000 コマの画像を処理することが可能であるため100~200 ミリ秒程度の短時間で行われる瞬目を高精度に捉えることができます。また、計測にかかる時間は片眼40秒間の自発性瞬目を計測した後、5秒間の随意瞬目を測定するという非常に低侵襲な検査です。検査パラメーターとして、瞬目回数、開閉瞼における距離、時間、速度及び静止時間を測定します。


瞬目解析装置による測定波形

1)瞬目と加齢

自発性瞬目では年齢による差はなく、随意性瞬目では加齢に伴って回数が減る結果となりました。また、いずれの瞬目も女性の方が瞬目は深く速度も速いという結果でした。

2)眼瞼下垂手術と瞬目

先天性眼瞼下垂の手術前後における瞬目パラメーターは増加する傾向がみられたものの有意差はなく、後天性眼瞼下垂の手術前後では回数及び静止時間以外の各種パラメーターは有意に増加するという結果を報告しました。

3)瞬目に対する年齢の影響

我々の研究では、自発性瞬目では若年者の方が瞬目は深く、時間が長くなる傾向にありました。また、どの年代でも男性より女性の方がより深い瞬目と速度も速いという結果を報告しています。

4)パーキンソン病における自発性瞬目の検討

パーキンソン病患者と対照群との比較により、パーキンソン病患者においては自然発生瞬目、振幅は減少すると報告しました。また、瞬目開始前の小さなまばたき波が、PD患者で60%、対照群で18%と、より特徴的に見られる事を発見しました。

 

メニスコメトリーを用いた涙液貯留量の評価

ビデオメニスコーターを用い涙液メニスカスの曲率半径Rを測定する事で涙液貯留量の定量的評価を行っています。曲率半径Rは涙液貯留量と正の相関を持っており、検査は低侵襲かつ簡便な計測が可能となっています。この検査によって涙道閉塞症に対する治療の客観的評価が出来るだけでなく、眼瞼下垂症と涙液量の関係も明らかにしてきました。


眼瞼下垂手術前(R=0.36)

同症例の眼瞼下垂症手術後(R=0.15)

1)眼瞼下垂手術と涙液貯留量の変化

眼瞼下垂手術によって涙液貯留量は有意に減少し、術後6 カ月まで維持された事を報告しました。また,術前の涙液貯留量が多い症例ほど減少しやすく、涙道通過障害のない機能性流涙の症例に対して眼瞼下垂手術が治療の選択肢のひとつとなる可能性を示しました。

2)眼瞼下垂手術と涙液クリアランス

ビデオメニスコメトリーを用い、点眼から1分毎10分まで曲率半径Rを測定する事で涙液クリアランスを算出しました。結果、手術後において涙液クリアランスが改善する事を報告しています。

 

また、瞬目解析及びビデオメニスコメトリーの両者を測定、評価する事により、眼瞼下垂手術による瞬目の改善と、そこから導かれる涙液貯留量の減少の報告をしています。

 

眼瞼腫瘍に対する外科的治療と遺伝子研究

腫瘍に対しても積極的に治療に取り組み、重症例においても整容面も含めた再建術を行っています。再建術式は、flapによる後葉再建(Hughes flap)、眼瞼全層弁(Tenzel flap,Switch flap)、対側からの遊離瞼板や硬口蓋粘膜を用いた遊離後葉移植を行っています。また、脂腺癌を対象に、次世代シークエンサーを用いた遺伝子研究を進めています。

眼窩涙腺部腫瘍の画像検査の検討

涙腺部腫瘍はまず画像所見から、ある程度診断を絞り込み、全摘出が容易であれば全摘出を行いますが、実際にはそのような場合は多くなく、生検によって確定診断が行われ、その後の治療につながります。我々はこれまでに多くの生検の経験があるため、現在は日帰りで、なるべくご紹介いただいた日に生検ができるような体勢を整えています。これまで多くの涙腺部腫瘍の患者さんをご紹介いただく中で、C TやM R Iの画像所見も集積されており、涙腺部多形腺腫の画像所見の特徴について報告しております。また、A Iを用いた涙腺部腫瘍の画像診断について、オーストラリアのAdelaide University HospitalのProf. Dinesh Selvaと共同研究を行っています。

眼窩骨折についての検討

眼窩骨折は複視によって、視機能が損なわれる可能性があり、我々は眼科医として単なる骨折部分の修復だけでなく、眼球運動の改善のための眼窩骨折整復術を多く行ってきました。多くの患者さんのデータがあることから、骨折箇所の検討や手術時期と眼球運動の予後の検討、骨折部分の再建材料についての検討などを行ってきました。今後も眼窩骨折手術後の治療成績向上のため、検討を続けて行きたいと考えています。

先天鼻涙管閉塞症の自然軽快時期の検討

当院では先天鼻涙管閉塞症に対して、全身麻酔下での涙管チューブ挿入術を行い、成功率は98%となっています。先天鼻涙管閉塞は自然軽快することが知られており、当院では保護者の方にきちんとご説明し、保存的加療を希望される場合にはすぐに手術にはせずに経過観察を選択することもあります。1歳までに多く患者さんが自然軽快することはよく知られていましたが、それ以上の年齢では、どの程度自然軽快するのかは知られていませんでした。我々は当院を受診され、自然軽快した患者さん調査を行い、1歳を過ぎても2歳までに半数程度の患者さんは自然軽快するまで経過観察が可能であることを報告しました。

後天鼻涙管閉塞症の原因の検討

当院では、後天鼻涙管閉塞症に対する従来の涙管チューブ挿入術、涙道内視鏡を併用した涙管チューブ挿入術、涙囊鼻腔吻合術など、後天鼻涙管閉塞症に対する様々な治療法を行っております。後天鼻涙管閉塞症の原因は全てがはっきり分かっているわけではありませんが、多くの患者さんをご紹介いただく中で、習慣的にプールに入っている方が多いことがわかり報告しました。プールの消毒のために結合塩素が発生し、鼻涙管に影響を及ぼしていると推測されます。また、ウサギの涙道上皮細胞を用いて、鼻涙管閉塞には炎症が関与していること、そして炎症を抑えることで涙道上皮細胞のバリア機能が保たれることも報告しました。

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(文責:渡辺彰英)