京都府立医科大学 眼科学教室

講師 川崎 諭先生 研究

角膜

川崎 諭の主たる研究成果と抱負

眼球はカメラに例えられる。眼球の最前面に位置する角膜は極めて透明性の高い組織で、わずかでも混濁するか、あるいはゆがみを生じた場合著しい視力低下を来す。私はこの角膜という組織のおもに上皮細胞に着目して、医療に直接関係する・しないに関わらず興味深い生命現象を解き明かすことを目指してきた。その原点とも言えるのはもう10年も前の報告となる、当時、大阪大学細胞工学センターの松原謙三教授、大久保公策助教授と当教室(西田、足立、清水ら)が共同研究で行ったヒト角膜上皮細胞の遺伝子発現プロファイル(文献1)であり、遺伝子発現プロファイルという概念そのものが、当時臨床医学教室の一研修医にすぎない私にはまばゆいほどの光を放っているように見えた。その時のデータは今でも色あせることなく、我々の研究の大きな柱となっている。

角膜上皮細胞において注目される生命現象としては、ステムセル、癌化、免疫・炎症・感染症、創傷治癒などが挙げられ、さらにそれらすべてに関連するものとして血管新生が、また遺伝子そのものとしてはVEGF、TGF-betaなどが挙げられる。また臨床還元を指向するものとして再生医療があり、角膜上皮は最も再生医療を行いやすい組織の一つとして数えられている。我々は再生医療を目指した研究の一環として、結膜上皮のなかにもわずかながら角膜上皮細胞が存在していることを報告した(文献2) 。この研究ではレーザーマイクロキャプチャーで採取したヒト結膜上皮内のケラチン12陽性細胞の遺伝子発現プロファイルをiAFLP法にて角膜上皮細胞および結膜上皮細胞に対して比較しており、その際のプローブ選択には上記の遺伝子発現プロファイルのデータを利用した。またこの成果をもとに結膜上皮細胞を角膜上皮細胞の代用細胞として利用可能であることを報告した(文献3) 。これらの成果から眼表面疾患患者であってもわずかながら角膜上皮{幹}細胞が残存している可能性が考えられ、それを用いた再生医療が期待できる。

基礎医学的研究の一つとしては、角膜上皮細胞の特異マーカーとして知られるケラチン12について、その特異的発現制御メカニズムがゲノムのメチル化で制御されていることを報告した(文献4)。我々はまた角膜上皮細胞のセルラインとして頻用されているHCE-T細胞について様々な検討を行い報告している(文献5)。この細胞は角膜上皮細胞をSV40ウイルスのlarge T antigenで不死化したもので、これまで249もの論文で引用されている。我々はarray CGHという方法でこの細胞のゲノム構成が正常2倍体細胞から大きく変化していることを見出した。さらにサブクローニングによってこの細胞が性質の異なるヘテロな亜集団の集合であることを見出し、この細胞を安易に角膜上皮細胞のin vitroモデルとして利用することへの警鐘をならした格好となった。

今後5年を見据えた研究テーマとしてやはり魅力的といえるのは角膜上皮細胞の完全な再生医療である。現在の方法では他人の角膜上皮細胞を培養して用いているため、長期的にみると拒絶反応のためどうしても移植細胞数の減少につれどうしても現疾患が再燃することが多い。現在最先端技術として注目のiPS細胞はすべての細胞に分化可能と言われており、in vitro での分化誘導技術さえ見いだせれば自家角膜上皮細胞の細胞ソースとして期待できる。現時点ではテラトーマの発生や癌遺伝子の導入やウイルスベクターを使用することによる癌発生のリスクが担保されていないが、既にこれらの問題が解決される目処は立っているとされている。将来、我々の夢ともいえる重症眼表面疾患の完全治療が実現するかもしれない。

  • 参考文献

    1.Nishida, K., Adachi, W., Shimizu-Matsumoto, A., Kinoshita, S., Mizuno, K., Matsubara, K., and Okubo, K. (1996) Invest Ophthalmol Vis Sci 37, 1800-1809

    2.Kawasaki, S., Tanioka, H., Yamasaki, K., Yokoi, N., Komuro, A., and Kinoshita, S. (2006) Invest Ophthalmol Vis Sci 47, 1359-1367

    3.Tanioka, H., Kawasaki, S., Yamasaki, K., Ang, L. P., Koizumi, N., Nakamura, T., Yokoi, N., Komuro, A., Inatomi, T., and Kinoshita, S. (2006) Invest Ophthalmol Vis Sci 47, 3820-3827

    4.Kawasaki, S., Yamasaki, K., Tanioka, H., Nakamura, T., Fukuoka, H., Araki, B., Yokoi, N., and Kinoshita, S. (2007) in ARVO, Fort Lauderdale

    5.Yamasaki, K., Kawasaki, S., Young, R. D., Fukuoka, H., Tanioka, H., Nakatsukasa, M., Quantock, A. J., and Kinoshita, S. (2008) Invest Ophthalmol Vis Sci, in press