京都府立医科大学 眼科学教室

小泉 範子先生

角膜

小泉 範子の主たる研究成果と抱負

角膜は眼球の最前面に位置する透明組織であり、疾病や外傷によって角膜に濁りを生じると視力が著しく障害される。私は研修医の頃、眼科学教室の先生方の指導のもとで角膜疾患の研究に携わる機会をいただき、1) 研究の成果を日々の臨床に役立てることができる眼疾患研究の素晴らしさに感銘を受けた。その後、難治性角膜疾患に対する新しい治療法の開発を主なテーマとして研究を継続してきた。現在は、京都府立医科大学眼科において角膜疾患の診療、臨床研究を行いながら、同志社大学生命医科学部医工学科の教員として臨床応用を目指した角膜再生医療の研究と教育を行っている。主な研究テーマは以下の通りである。

1.難治性眼表面疾患に対する角膜上皮再生医療の開発
 角膜と結膜の境界にある“輪部”には、組織幹細胞の一種である角膜上皮幹細胞(ステムセル)が存在することが知られており、角膜上皮の健常性の維持に重要な役割を果たす。薬剤の副作用やウイルス感染が原因となって発症するスティーブンス・ジョンソン症候群や、重症の化学腐食などでは、ときに角膜輪部が広範に障害されてステムセル疲弊症となる。これらの疾患では、角膜上を周辺部から増殖してくる結膜組織が覆うため、眼表面の瘢痕化に伴う角膜混濁による重症の視力障害をきたす。我々は、ステムセル疲弊症による難治性眼表面疾患に対する再生医学的治療法の開発に取り組んできた。
 最初に取り組んだのは、1990年代から眼表面再建術に用いられるようになった羊膜の作用機序に関する研究であり、凍結保存羊膜にはEGF、NGF、HGFといった眼表面上皮の創傷治癒を促進する増殖因子が含まれることを示した。2) さらに、凍結保存羊膜から羊膜上皮細胞を除去した羊膜基質を用いて、家兎およびヒト角膜上皮ステムセルを培養した。3T3 線維芽細胞との共培養や、培養の後半に細胞の表面を空気に触れさせるair-lifting法を用いることにより、in vivoの角膜上皮と類似した4-5層に重層化して角膜特異的なケラチンを発現した角膜上皮シートを作成する方法を確立した。3)-5) 次に、羊膜基質を用いて作成した家兎培養角膜上皮シートを用いて、家兎のステムセル疲弊症眼に対する自家移植モデルを作成した。6) 移植後の家兎の眼表面に、移植した培養角膜上皮シートが生着していることを移植後48時間のフルオレセイン写真で示したことは、その後の培養角膜上皮シート移植の臨床応用に向けての大きな一歩となった。
 羊膜を用いたアロ培養角膜上皮移植術は、1999年に京都府立医科大学倫理委員会で承認され、スティーブンス・ジョンソン症候群、化学外傷、眼類天疱瘡などの重症ステムセル疲弊症に対する治療法として臨床応用を開始した。7)-9) 後にこの方法は、眼科学教室の中村隆宏先生、稲富勉先生らが開発されたオート培養口腔粘膜上皮シート移植へと発展し、我々の長年の夢であった自家移植による眼表面再建術が可能になった。羊膜を用いた培養粘膜上皮シート移植は、これまでに100例以上の難治性眼表面疾患患者に対する治療法として臨床応用され。その有用性が高く評価されている。

2.角膜内皮機能不全に対する角膜内皮再生医療の開発
 角膜の最も裏側にある角膜内皮細胞は、バリアとポンプの機能を有し、角膜の含水率を一定に保って角膜の透明性を維持する役割を果たしている。角膜上皮細胞とは異なり、霊長類の角膜内皮細胞は生体内での増殖能が乏しく、外傷やジストロフィ、内眼手術によって角膜内皮細胞が障害されると角膜内皮機能不全となって角膜が混濁する。社会の高齢化に伴い、角膜内皮機能不全による視力障害者の増加が問題となっている。我々は、京都府立医科大学眼科、同志社大学生命医科学部、滋賀医科大学動物生命科学研究センター、千寿製薬株式会社、株式会社アルブラストとの共同研究を行い、生体外で培養した角膜内皮細胞を用いる再生医学的治療法の開発を行っている。とくに、ヒトと同様に生体内における角膜内皮細胞の増殖能が乏しいカニクイザルを用いた移植実験を行い、臨床応用を目指した培養角膜内皮移植術の開発を行っている。これまでに、Ⅰ型コラーゲンシートを基質として作製した培養角膜内皮シートを移植することによって、角膜内皮障害を作製したカニクイザル角膜が透明性を回復することを確認した。10)-11) さらに、角膜内皮細胞を増殖させる効果を持つ薬物の開発を行うことによって、移植を行うことなく初期の角膜内皮機能不全を治療する薬物治療の開発にも取り組んでいる。

3.ヘルペス性角膜炎に関する研究
 最後に、私が臨床医として特に興味をもっているヘルペス性角膜炎の研究について紹介したい。ヘルペス性角膜炎は比較的よく見られる角膜疾患の一つで、典型的な症例であれば診断は難しくなく、アシクロビルによる治療が有効である。しかし中には、再発を繰り返して角膜混濁をきたす症例や、非典型的な病状を示すために診断が困難な症例がある。これらの非典型的な症例の診断には、涙液を用いたウイルスPCRが有用であり、治療方針の決定に役立っている。12)
 ヘルペス属ウイルスの一つであるサイトメガロウイルスによる角膜炎も、最近注目されている新しい疾患である。角膜の最も内側にある内皮細胞に炎症を起こす角膜内皮炎は、これまで単純ヘルペスが原因とされてきた。しかし角膜専門医の間では、抗ヘルペス治療の効果が乏しく角膜内皮機能不全に至る予後不良の症例があることが知られていた。我々は2006年にサイトメガロウイルスが原因となっておこる角膜内皮炎があることを報告した。13) 本疾患は、全身的な免疫機能が正常な成人においても発症することが特徴である。2008年には、愛媛大学・大橋教授らとの共同で、2つの大学病院で診断したサイトメガロウイルス角膜内皮炎に関する報告を行った。14) これまで治療が難しかった再発を繰り返す角膜内皮炎症例の中には、ある程度の頻度で本疾患が含まれていることが推測され、本疾患に対する病態の解明、治療法の確立を目指した研究が必要である。

  • 参考文献

    1.Kokawa N, Sotozono C, Nishida K, Kinoshita S: High total TGF-beta 2 levels in normal human tears. Curr Eye Res 15(3): 341-343, 1996.

    2.Koizumi N, Inatomi T, Sotozono C, Fullwood NJ, Quantock AJ, Kinoshita S: Growth factor mRNA and protein in preserved human amniotic membrane. Curr Eye Res 20(3): 173-177, 2000.

    3.Koizumi N, Fullwood NJ, Bairaktaris G, Inatomi T, Kinoshita S, Quantock AJ: Cultivation of corneal epithelial cells on intact and denuded human amniotic membrane. Invest Ophthalmol Vis Sci 41(9): 2506-2513, 2000.

    4.Koizumi N, Cooper L, Fullwood NJ, Nakamura T, Inoki K, Tsuzuki S, Kinoshita S: An evaluation of cultivated corneal epithelial cells using cell suspension culture. Invest Ophthalmol Vis Sci. 43(7): 2114-2121, 2002.

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    6.Koizumi N, Inatomi T, Quantock AJ, Fullwood NJ, Dota A, Kinoshita S: Amniotic membrane as a substrate for cultivating limbal corneal epithelial cells for autologous transplantation in rabbits. Cornea 19(1): 65-71, 2000.

    7.Koizumi N, Inatomi T, Suzuki T, Sotozono C, Kinoshita S: Cultivated corneal epithelial transplantation for ocular surface reconstruction in acute phase Stevens-Johnson syndrome. Arch Ophthalmol 119(2): 298-300, 2001.

    8.Koizumi N, Inatomi T, Suzuki T, Sotozono C, Kinoshita S: Cultivated corneal epithelial stem cell transplantation in ocular surface disorders. Ophthalmology 108(9): 1569-1574, 2001.

    9.Koizumi N, Kinoshita S: Ocular surface reconstruction, amniotic membrane, and cultivated epithelial cells from the limbus. Br J Ophthalmol 87(12): 1437-1439, 2003.

    10.Koizumi N, Sakamoto Y, Okumura N, Okahara N, Tsuchiya H, Torii R, Cooper LJ, Ban Y, Tanioka H, Kinoshita S: Cultivated Corneal Endothelial Cell Sheet Transplantation in a Primate Model. Invest Ophthalmol Vis Sci. 48(10): 4519-4526.2007.

    11.Koizumi N, Sakamoto Y, Okumura N Tsuchiya H, Torii R, Cooper LJ, Ban Y, Tanioka H, Kinoshita S: Cultivated Corneal Endothelial Transplantation in a Primate: Possible Future Clinical Application in Corneal Endothelial Regenerative Medicine. Cornea. 27(8):S48-S55, 2008.

    12.Koizumi N, Nishida K, Adachi W, Tei M, Honma Y, Dota A, Sotozono C, Yokoi N, Yamamoto S, Kinoshita S: Detection of herpes simplex virus DNA in atypical epithelial keratitis using polymerase chain reaction. Br J Ophthalmol 83(8): 957-960, 1999.

    13.Koizumi N, Yamasaki K, Kawasaki S, Sotozono C, Inatomi T, Mochida C, Kinoshita S: Cytomegalovirus in aqueous humor from an eye with corneal endotheliitis. Am J Ophthalmol. 141(3): 564-565, 2006.

    14.*Koizumi N, *Suzuki T, Uno T, Chihara H, Shiraishi A, Hara Y, Inatomi T, Sotozono C, Kawasaki S, Yamasaki K, Mochida C, Ohashi Y, Kinoshita S (* co-first authors): Cytomegalovirus as an etiologic factor in corneal endotheliitis. Ophthalmology. 115(2): 292-297, 2008.