京都府立医科大学 眼科学教室

講師 稲富 勉 先生 研究

角膜

稲富 勉の主たる研究成果と抱負

  1. 研究経歴

    平成3年 4月京都府立医科大学医学部大学院に入学し、平成4年度よりは第2解剖学教室にて井畑泰彦教授および岡村均先生のご指導により研究を始めました。人間の生活リズムであるサーカディアンリズムの細胞生物学的な解析が課題でしたが、特にその中枢系である視交叉上核におけるさまざまな生理活性物質と神経細胞の関連を検討しました。平成 5年1月よりは米国 ハーバード大学スケペンス眼研究所 研究員として3年間留学をさせてりただきました。この間はDr Ilene K. Gipsonのもとで眼表面におけるムチン分子の発現パターン解析や結膜杯細胞に特異的なMuc5ACムチンのクローニングに没頭しました。
    現在の私の研究の考え方や眼表面に対する理解はこの時代に培われました。帰国後の平成 9年よりは京都府立医科大学附属病院にて角膜チームとして臨床および基礎研究を担当させていただいております。特に眼表面の再建術やそれを必要とする疾患の理解、さらに現在は新しい角膜手術や治療に興味をもって出来るだけトランスレーショナルな方向性で研究を行っています。

  2. 眼表面の仕組みの解明と眼表面再建術の開発

    眼表面は角膜上皮と結膜上皮により構成され、視機能やバリアーなどの重要な役割をになっています。表面上皮は皮膚と異なり重層扁平上皮でありながらも最表層は角化せずに粘膜上皮としての特異的なバリアー機能や粘膜免疫を備えていることになります。角膜上皮ではムチンの中でもMUC1やMUC16と呼ばれる膜結合型ムチンがバリアーや涙液安定性に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきました。また結膜からは分泌型ムチンであるMUC5ACが主役を果たし眼表面の粘膜バリアーを維持していることを見出しました。角膜上皮が疲弊する角結膜上皮症や分化異常を引き起こす角化性疾患ではこれらの粘膜上皮としての機能が消失し、視機能の低下のみならずさまざまな病的異常が引き起こされています。
    これらの異常になった眼表面を治療すべく、従来の移植医療にかわる上皮幹細胞を培養・分化させ、上皮シートとして移植する再生医療の開発に成功してきました。上皮細胞としては眼表面にオリジナルな角膜、結膜上皮を用い、さらに自家移植として眼表面以外の粘膜上皮源として口腔粘膜からも同様の再生医療に成功し数多くの難治性疾患の治療に寄与してきました。



    眼表面以外の粘膜上皮の持つ細胞特性を細胞骨格を構成するケラチン分子の発現パターンやPAX6の発現の有無を免疫組織化学的に解析しました。培養口腔粘膜上皮はケラチン構成としては粘膜型ケラチンに加え、角膜上皮特異的とされてきたケラチン3を発現していたが、そのペアーであるケラチン12の発現は培養上皮シートでも、さらに眼表面に移植した後にも誘導はされなことが解ってきました。さらに病的な眼表面生着後の補助機能として期待される粘膜防御機能を担う分子であるムチン分子に注目すると、角膜上皮シートではin vivoと同様にMUC1, MUC16が膜結合型ムチンとして発現されていたのに対して、口腔粘膜上皮は培養状態ではMUC16が誘導されるものの、眼表面環境下ではMUC16は誘導されず口腔粘膜上皮に特徴的な細胞特性を維持しているようです。
    また本来血管新生のない角膜を再生するために血管新生の抑制効果が期待できる抗VEGF抗体の投与により眼表面上に生着した口腔粘膜上皮からの血管新生およびリンパ管新生の制御の有用性を検討しています。

  3. 角膜手術への展開

    角膜移植が始まり100年を迎えますが、近年の角膜手術の進歩には目覚ましいものがあります。多くの手術手技や概念の発展は難治性疾患の克服、屈折矯正精度の向上、拒絶反応の回避、低侵襲手術などさまざまな難題の克服へと発展してきました。また手術技術の進歩では、マイクロケラトームやレーザー技術の革新と細胞工学の応用が新しい角膜部分手術へとの変革をもたらしました。角膜表層移植ではALTKやDLKPが発展し、適応疾患に大きな広がりをみせ、角膜内皮移植では、概念のみならずDELKからDSEK,DMEKへと最も急速に進歩し、水疱性角膜症への手術選択に大きな変革をもたらしています。部分移植が発展する中、全層角膜移植術自体も欧米ではフェムトセカンドレーザーの応用によりさまざまな形状のドナー移植が可能となっています。我々も角膜内皮移植に関しては、より安全性と内皮細胞温存を目的に引き込み法を採用し、すでに50例以上の内皮移植を実践しきています。従来の移植では得られないグレードの視機能回復が可能となってきています。また最近はデスメ膜剥離を行わない術式や緑内障合併例への応用を行い、またその成果を細胞生物学的に検証してく研究をすすめています。数年後には従来の内皮移植をさらに発展させ、より質の高い治療を開発したいと思います。



  4. 抱負

    角結膜領域の治療や研究、さらに再生医療や新しい概念での移植医療は日進月歩で進歩しています。限りある時間の中で、今までの研究に基づいた考え方を糧にできるだけ多くの難治性疾患の治療に貢献できることを目標として取り組んでいます。

  5. 参考文献

    1.Inatomi T, Spurr-Michaud S, Tisdale AS, Gipson IK : Human corneal and conjunctival epithelia express MUC1 mucin. Invest Ophthalmol Vis Sci 36 : 1818-1827, 1995.

    2.Inatomi T, Spurr-Michaud S, Tisdale AS, Zhan Q, Feldman ST, Gipson IK : Expression of secretory mucin genes by human conjunctival epithelia. Invest Ophthalmol Vis Sci 37(8):1684-1692, 1996.

    3.Inatomi T, Tisdale AS, Zhan Q, Spurr-Michaud S, Gipson IK : Cloning of rat muc5AC mucin gene : comparison of its structure and tissue distribution to that of human and mouse homologes. Biochem Biophys Res Commun 236:712-715, 1997.

    4.Gipson IK, Inatomi T: Cellular origin of mucins of the ocular surface tear film. Lacrimal Gland, Tear Film, and Dry Eye Syndromes2, 221-227, 1998.

    5.Inatomi T, Nakamura T, Koizumi N, Sotozono C, Kinoshita S: Current concepts and challenges in ocular surface reconstruction using cultivated mucosal epithelial transplantation. Cornea 24 (suppl): S32-S38, 2005.

    6.Inatomi T, Nakamura T, Koizumi N, Sotozono C, Yokoi N, Kinoshita S : Midterm results of cultivated oral mucosal epithelial transplantation. Am J Ophthalmol. 141:267-275, 2006

    7.Inatomi T, Nakamura T, Kojyo M, Koizumi N, Sotozono C, Kinoshita S: Ocular surface reconstruction with combination of cultivated oral mucosal epithelial transplantation and penetrating keratoplasty. Am J Ophthalmol 142:757-764, 2006.