京都府立医科大学 眼科学教室

助教 小嶋 健太郎 先生 研究

網膜

小嶋 健太郎の主たる研究成果と抱負

人体の様々な疾患には免疫応答が深く関与しており、視機能を司る眼球もその例外ではない。免疫応答は一般には細菌やウイルスといった外界の異物を排除するための機構と考えられがちであるが、実際には体内の異常な状態の組織や、老廃物を認識する機構でもあり、体の恒常性を維持するために不可欠のものである。免疫応答は、感染症のみならず、様々な自己免疫疾患、さらには変性疾患に関係している。

従来から詳細な研究がされている獲得免疫は、無数の外来分子と自己の分子の違いを区別することが可能な高次の免疫システムであるが、一方で自然免疫はマクロファージ、樹状細胞などの細胞が病原体を非特異的に貪食するもので、獲得免疫が成立するまでの一時しのぎ的なものと考えられていた。ところが近年、微生物の構成分子パターンを特異的に認識し、自然免疫応答において自己と非自己の認識にかかわる受容体Toll-like receptors(TLRs)が発見され、その研究の進歩に従い自然免疫が獲得免疫の成立にも重要な役割を担っていることが明らかになった。当初はマクロファージや樹状細胞といった免疫担当細胞に発現していることが報告されたが、その後腸管上皮細胞や気管上皮細胞など多様な細胞に発現していることが判明した。TLRsの刺激を介して、感染防御に関係する抗菌物質やサイトカインの遺伝子発現が上昇することも報告されている。

私は眼の疾患とこれらの免疫機構の関わりに興味を持って大学院で研究を行った[1-4]。眼球の表面は、角膜と結膜により構成され、その表面は角膜ならびに結膜上皮細胞で覆われている。また、他の粘膜組織と同様に、眼表面は微生物などの外界の異物と常に接触する環境にあり、物理的バリアー機能だけでなく各種のサイトカインや抗菌物質の産生などを通して、生体防御の第一線を担っていると考えられている。

TLRsの中のひとつであるTLR5は細菌の鞭毛構成タンパクであるフラジェリンを認識することが知られている。フラジェリンはグラム陽性ならびに陰性細菌が保持しており、これらの細菌の運動などに関与している。Pseudomonas aeruginosaとSerratia marcescensはフラジェリンを保持し、眼表面に病原性を持つ細菌として知られている。
角膜上皮細胞におけるTLRsの発現と機能については多くの報告がある一方で、同様に眼表面を構成する結膜上皮細胞におけるTLRsの役割についての報告は少ない。ヒト結膜上皮細胞におけるTLR2、TLR4、TLR9の発現についての報告は存在するが、TLR5のヒト結膜上皮細胞における発現と機能は明らかにされていない。

我々はヒト結膜上皮細胞におけるTLR5の発現と機能について検討した。眼表面において病原菌とされるP. aeruginosa とS. marcescens由来のフラジェリンがTLR5を発現するヒト結膜上皮細胞の免疫反応を惹起する一方で、眼表面において非病原性細菌であるSalmonella typhimuriumとBacillus subtilis由来のフラジェリンは免疫反応を誘発しないこと、またTLR5が結膜上皮において表層部でなく基底部に限局して発現していることを報告した[4]。このことは、TLR5は、結膜上皮層の破綻に伴い細菌が基底層まで侵入した場合にのみ、作動する可能性が示唆された。以上より、常在細菌が存在する眼表面は、健常な状態では菌体成分に対して炎症を惹起しにくくなっていることが示唆された。

現在は主に臨床で携わっている網膜硝子体疾患において自然免疫を含めた免疫応答に着目して研究を進めている。

  • 参考文献

    1.Hozono, Y., et al., Human corneal epithelial cells respond to ocular-pathogenic, but not to nonpathogenic-flagellin. Biochem Biophys Res Commun, 2006. 347(1): p. 238-47.

    2.Ueta, M., et al., Development of eosinophilic conjunctival inflammation at late-phase reaction in mast cell-deficient mice. J Allergy Clin Immunol, 2007. 120(2): p. 476-8.

    3.Ueta, M., et al., Toll like receptor 3 gene polymorphisms in Japanese patients with Stevens-Johnson syndrome. Br J Ophthalmol, 2007.

    4.Kojima, K., et al., Human conjunctival epithelial cells express functional Toll-like receptor5. Br J Ophthalmol, 2008. 92(3): p. 411-6.